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2015-02-02

2月1日は大切な日

この日記は色々な思い出をつづって忘れないようにするために始めました。
昨年の2月1日、メタボを克服するためキャンプインしました。
毎年のようにプロ野球のキャンプインに合わせて
ビリーズ・ブート・キャンプを始めることを私と家内はこう呼びます。
いつも初めの一週間でそれは終わっていました。
でも昨年は気分が違っていました。
1週間経った後もちゃんとやっていました。
一月すると辞めるのが怖くなってやりつずけました。
結果、食事量は同じで1年がかりで10キロの減量しました。
今までのパンツのウェストがゆるゆるになって、
今度ちゃんとサイズのあったパンツを買おうと思っています。
こんな良いことがあった半面、昨年は病気との付き合いがありました。
私は夏ごろ、変な遊びをしていないのに精巣上体炎にかかり、
年末まで下腹部の痛みに悩まされました。
親父は大腸がんの定期検査でまた癌が見つかり、腹腔鏡で手術。
そしておふくろが12月9日に家で転倒して腰と右肩を骨折。
救急車で搬送されてそのまま入院しました。
ただの骨折だったらよかったのですが、
末期の肝硬変であったため、
全身状態が非常に悪化してしまいました。
肝硬変の原因は、40年前の輸血によるC型肝炎です。
肝臓癌も発症していて、それはラジオ波で治療していました。
1月14日、骨折で入院していた病院では肝硬変の治療ができないため
一番お世話になっていた病院へ転送。
おふくろが一番信頼していた女医が再び担当医となっていただけました。
でもおふくろの病状が回復が見込めないほど進行していました。
1月29日、大量の下血。
親父が呼ばれ、次に私が呼ばれました。
消化管からの出血で、恐らく動脈瘤の破裂だろうと言われました。
先にも書いた通り、全身状態が悪化していたので処置すらできませんでした。
私が病院に着いた時、一時は混濁したという意識は戻った感じで
おふくろはちゃんと反応していました。
4時間ほどすると背中に痛みを感じだしたので鎮痛剤を投与。
これで落ち着いたみたいでした。
そのうち孫が到着。
時折、開いていた目も閉じたままとなり、
ゆっくりとした呼吸となりました。
そして日付が変わった1月30日午前12時35分、
本当に本当に眠るように82年と19日の人生を終えました。
葬儀で上映するDVDを作るため私の子供が写真を選んでいました。
私が子供時分それを見た時はそれほど感じませんでしたが、
54歳になって見た若い時のおふくろは本当にきれいな人でした。
写真慣れした表情とポーズ。
親戚中でもノーメイクでこのきれいさは評判だったそうです。
1月31日のお通夜から告別式の翌2月1日にかけ親父は本当にずっと棺に付き添っていました。
午後3時30分。
お骨になったおふくろと対面。
幸いと言うべきか右肩の骨折は治っていませんでした。
治っているのに命を失っていては却って浮かばれませんから。
29日から1日までの3日半、本当に長く感じられました。
昨年中盤から続いた負の連鎖はこれで終りにしてもらいたいと思います。
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